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事例19
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京都地方裁判所判決/平成22年(ワ)第3067号
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平成24年7月11日
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請求額5559万4238円/うち3402万0312円を認容。
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ショートステイ利用中、居室にてベッドから転落(推定)。頭部を打撲し、急性硬膜下血腫により死亡した事案
事例18同様、ショートステイ入居者がベッドから転落し頭部を打撲したケースです。先述のとおり、本ケースでは施設側に厳しい結論が下されています。
(1)利用者の状態
女性 82歳 要介護度2 日常生活自立度ⅡA(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる状態)平成20年6月22日、脳梗塞を発症、後遺症として左上下肢に麻痺が残存。
Aは、上記退院後の平成21年1月16日ないし同月20日、同月30日ないし同年2月3日、同月12日ないし同月16日、本件施設でショートステイをした。被告は、Aには立ち上がったり歩行する意欲も能力もないとの認識から、Aが転倒を起こす可能性はないと判断し、転倒リスクへの対応は考えなかった。
Aは、平成21年2月26日、ショートステイのため本件施設に入所した。入所時点では、一部介助を受けながらの杖歩行であり、歩行は安定していた。
同日午後には、地域交流の場から、介助なく杖歩行で出て来るのを職員に発見されている。平成21年2月28日、3時30分ころ、ナースコールを受けてAの居室に向かった職員は、ベッド脇で右側臥位で横になっているAを発見した(前回事故)。
職員は、Aの左こめかみに出血と頭出腫を認め、イソジンを塗布し、アイスノンで頭部を冷やす等の措置をし、同日午前外科病院を受診したが、大事には至らなかった。
Dが職員にした説明からすると、起床しようと思い、立位を取りベッドを手をかけたところ、キャスターがロックされていなかったためベッドが移動し、Dは、バランスを崩して転倒し、その際、ベッド横の物置き台に頭部をぶつけたものと推測された。
被告は、前回事故の状況を上記推測のとおり把握した上、Aの両足の痛みが軽減してきた結果、立ち上がる能力が少しずつ回復してきたものと判断し、立ち上がったときに転倒するリスクがあるとして、ベッドのキャスターロックを必ずするとともに、単独での立ち上がり防止のため、「お手洗いに行かれる時はこのボタンを押してくださいお手伝いさせてもらいに来ます。」と記載し、上方のナースコールボタンを指指す手の形を描いた板を居室内に掲示した。
また、周囲に何も、なければ立ち上がる必要もないとの判断から、ベッド横の物置台及び室内の簡易トイレを撤去し、さらに、車椅子に自ら乗ろうとする意欲を持たせないためとの判断から、従前ベッド横に置いていた車椅子をベッドから最も離れた部屋の反対側に移した。
Aは、同月2日退所した。
Aは、平成21年3月12日、再度本件施設に入所した。
(2)事故態様
同年3月15日午前0時ころ、巡視中の職員が、居室の車椅子の側で足をベッド側に向けて右側臥位で転倒しているAを発見した。
上記職員は、Aの右鼻翼に5ミリメートルほどの擦過傷及び微量の出血並びにリハビリパンツからズボンにわたる多量の軟便の失便を認めた。
ベッドから車椅子までの距離は1.5メートルないし2メートルであった。なおAが使用する杖は、普段、タンスに立て掛けてあった。
(3)事故後の経緯
Aは一旦自室のベッドで入眠したが、同日午前4時30分ころ、ナースコールにより呼ばれた職員は、吐瀉物を発見し、医務室に移送して様子を見たが、意識状態の悪化等が認められたことから、同日午前6時0分ころ、救急車の出動を要請し、同6時15分過ぎころ、Aは第二岡本総合病院に向けて救急搬送されて治療を受けたが同月27日死亡した。
(4)判決文ハイライト
「本件事故当時、本件施設の管理者又はその補助職員は、Aが、排便に関連し、ナースコールをすることなく、居室のベッドから車椅子に向かい、単独で歩み出して間もなく転倒することの予見が可能であったものと認められ、しかも、その転倒の危険性は、前回事故により具体化した現実的危険となっていたものというべきである。
前記のとおり、本件事故当時、Aの転倒事故の危険性は具体化したものとなっていたから、本件施設の管理者又はその補助職員は、本件事故のようなAの転倒事故を防止するため高度の注意義務を負っていたものというべきである。
被告は、前回事故後、Aに対し、移動等をする際にはナースコールをするよう念入りに指示したほか、本件事故直前には、夜間勤務の職員が、午後10時及び午後11時にAの様子を見たことが認められるが、これらの方策のみでは転倒事故を回避できないことは、本件事故の発生が如実に示すところである(ナースコールの指示は、前記のとおり、その指示に従わないことがあるというAの性向(認知症の影響とも考えられる。)からして不十分であり、1時間毎の看視で転倒の危険のあるAの行動を阻止できるか否かは偶然に左右される。)。
本件施設の管理者又はその補助職員は、本件事故のような転倒事故を防止するため、遅くとも前回事故直後には、上記各方策のほかに、Aがベッドから離れようとしたときにそれを感知して通報する離床センサーを設置し、夜間は、転倒の際の衝撃を緩和する介護用の衝撃吸収マットをベッドから一定範囲に敷き詰めるべきであったものと認められる。
証人Cは、Aがベッドを支えに立位を取れたことからすると、上記マットのためかえって不安定な状態となり転倒の危険が高まる旨証言するが、そうであれば、不安定さの少ない薄型のマットを使用することが考えられる(原告が結果回避義務の内容として主張する方策のうち、ベッド脇にポータブルトイレや車椅子を配置することは前回事故の態様を考えると一長一短があり、薬物による排泄コントロールは効果的ではあっても妥当性に疑問が残る。)。
被告が実際に行ったナースコールの指示及び看視の頻繁化を含む上記各方策は、単独では本件事故のような転倒事故(転倒による負傷を含む。)の防止策として不完全であるが、これらを併用することによって上記事故の防止が可能となると考えられる(それでも、事故防止が不可能であるとすると、
Aのような高齢者が転倒した場合の生命身体の危険に照らし被告は、本件契約4条(2)②の「利用者の病状、心身状態が著しく悪化し、当施設で適切な短期入所生活介護サービスの提供を超えると判断された場合」(甲2)に該当するものとして、契約解約の手段を採るほかなくなる。)。」
(5)認定損害額の主な内訳
逸失利益749万円 死亡慰謝料2200万円 葬儀代150万円
弁護士費用300万円
(6)外岡コメント
本事例で結局決め手となった事情は何だったのかというと、「利用者はここまでナースコール利用の指示に従わないということが明白であったのに、施設は頑固に方針を変えなかった」という点であると外岡は考えます。
そこでのキーワードを抽出すると、それは詰まるところ「コミュニケーション」であるといえるでしょう。つまり「潜在的な危険を認知した上で、それをケアマネや家族など外部に伝え共有し、その上でベストと思われる方法を協議・検討したか」という点が過失認定の分かれ目であるとすれば、
事例18と19の明暗も説明付けられるのです。過失認定の分かれ目は、「リスクを認識しつつ対策も立てずに漫然と放置すること」であり、かかる怠慢がどれ程の損失になるかという、意外と単純な話なのではないかと考えます。