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事例16

  • 東京地方裁判所判決/平成21年(ワ)第22488号

  • 平成23年6月14日

  • 請求額1248万7679円/うち78万8100円を認容。

  • 特養の入居者がベッドから転落し顔面裂傷を負った事案

 「ベッドの高さを最低位置にし、ベッド柵を4本又は体動センサーを設置すべきなのにこれを怠ったことにより本件転落事故が生じた」との家族側の主張に対し、「被告はAの転倒・転落の危険を防止するため、その一手段として、体動センサーを設置して未然に転落を防ぐ方策をとる義務があった」としたうえで、因果関係の部分で絞りをかけ、請求額の一部を認容したという事案です。

(1)利用者の状態

 男性 97歳 平成18年1月11日より要介護5
徘徊癖は無いが、認知症 移動は全介助 立位不可
施設側の留意事項として、本人のADL経過表には「転落注意」、「特記」として「夜間ベッド上で多動、柵はずし、転倒あり」及び「フットセンサー使用・3本柵」と記載されていた。

(2)事故態様

平成18年5月31日午前11時40分頃、Aは居室においてベッドから床に転落した。本件事故により、顔面左眉付近に約5センチメートルの裂傷を負った。

(3)事故後の経緯

Aは病院に緊急移送され、裂傷部について10針縫合し、骨折の可能性があるため頭部CT及び左頬骨部のレントゲン検査が行われた。

 

その後Aは被告施設に戻り本件裂傷の治療のため同病院に通院していたが、平成18年6月10日、前額部、顔面打撲後、挫創、皮下出血のため、別病院形成外科において、救急治療を受け、その後7月3日まで入院治療を受けた。


Aは別病院血液内科において、DIC(播種性血管内凝固症候群)、貧血、嚥下性肺炎の疑いのため、平成18年8月5日に緊急治療を受け、大量の皮下出血に伴うDICと貧血のため、同月6日から同月24日まで入院治療を受けた。

 

また、嚥下性肺炎の疑いのため、同年9月4日から同年12月7日まで、入院治療を受けた。


Aは、摂食嚥下障害のため、大学歯科病院において入院治療を受け、発声練習、呼吸訓練、嚥下訓練等のリハビリを行ったが、平成19年3月21日に救急治療を受け、平成19年7月8日に死亡した。

(4)判決文ハイライト

「被告が本件事故後に作成した「介護保険事業者 事故報告書」には、「ベッド上で動き転落の危険(自宅でもあったので)があるので、フットセンサーを設置していたが、間に合わなかった。」との記載があること、

 

本件事故の発生当時、Bは97歳と非常に高齢であったこと、ベッド横辺に手すり状のベッド柵を2本ずつ設置することができ、ベッド柵を4本設置するとベッド横辺はベッド柵で覆われることになるが、ベッド柵を3本設置してもベッド横辺の片側は半分以上ベッド柵がない状態であるから、

 

ベッド上で体を動かせば、ベッド横辺の片側から容易に床に転落しやすい状況であったこと、また、ベッド柵の高さは、上体を起こすなどの動きによってはベッド柵を越えて転落する危険性もあり得る程度に低いことが認められる。


上記認定事実からすれば、本件事故の発生当時はベッド柵が3本設置されていたとは認められるものの、Aは、本件ベッド上で動いた際に、ベッド柵のない箇所から床に転落し、あるいはベッド柵につかまって上体を乗り出すなどの動きをしてベッド柵を越えて転落し、骨折等の重大な傷害を負う危険性が高かったというべきであり、

 

そのことは、被告も認識していたものと認められる。したがって、被告は、Aの転倒、転落の危険を防止するための措置をとるべき義務を負っていたものと認められ、その一手段として、体動センサーを設置して未然に転落を防ぐ方策をとるべき義務があったというべきである。


これに対し、被告は、被告施設には体動センサーが8個程度しかないのであるから、転倒、転落の可能性が高い利用者に優先して使用すべきであるところ、Aは、転倒、転落の可能性が被告施設の上位8名に入るほどではなく、体動センサーを使用する状況にはなかった旨主張する。


しかしながら、Aの転倒、転落の危険性が高かったこと、被告もそのことを認識していたことは前記認定のとおりであるから、被告は、Aの転倒、転落の危険を防止するため、他の十分な対策を行っていたのであればともかく、このような対策をとっていない以上は、体動センサーを設置して未然に転落する方策をとる義務を負っていたものというべきである。

 

被告施設が現に有する体動センサーの数が少なかったとしても、そのことは、必要な数の体動センサーを調達することが困難であるなどの特段の事情がない限り、被告が責任を免れる理由となるものではないというべきである。


 また、被告は、フットセンサーを設置していた旨を主張するが、フットセンサーを設置していたとしても、患者がベッドから転落する危険を防止するという観点において十分でないことは明らかである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費24万円 入通院慰謝料46万円 弁護士費用7万円

(6)外岡コメント

本件も、請求額の大きさ(1200万円)の割には認定額が少額であったケースです。初期の先例に比べると、このような極端な乖離が目立つようになってきているといえるかもしれません。

 

本件のAさんは97歳と高齢であり、事故後にDICや嚥下性肺炎等を併発し入退院を繰り返していたため、それらの拡大損害と事故の因果関係が争われました。ベッド周辺の安全管理につき、判決は「フットセンサーだけでは足りず、体動センサーも設置すべきであった」と判示していますが、施設側はこれをAさん家族側に自費で賄う様求めることはできなかったのでしょうか。

 

数十人も利用者がいる施設内で、センサーが8個というのも中途半端な印象を受けます。当初からそのような特殊な設備は家族負担と決めておくのも一法だったのではないかと思われます。

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