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事例14

  • 東京地方裁判所判決/平成16年(ワ)第20654号

  • 平成18年(ワ)第26166号

  • 平成20年1月25日

  • 請求額6407万8694円/うち56万521円を認容。

  • 訪問介護利用時にベッドから転落し、左上腕骨を骨折した事案

 訪問介護を受けていた寝たきり状態の利用者がベッドから転落し、左上腕骨骨折の傷害を負い、入院約4週間後に死亡した事案です。不思議なことに訪問系の裁判例は極めて数が少なく、貴重な先例といえるでしょう。

 

現在介護福祉の政策は「施設から在宅へ」とシフトしているため、今後同系の裁判例の増加が予測されます。

(1)利用者の状態

 90歳 高血圧 平成10年ころから関節リウマチを発症し、平成11年ころからはいわゆる寝たきり状態になった。


 被告は、平成16年1月29日に締結した訪問介護契約に基づき、Aのヘルパーとして、1月31日からBを派遣した。Aは、Bの全部介助により排泄に関する基本的動作を毎回行っていた。

(2)事故態様

 同年2月9日午後5時ころ、Aが用便を希望したため、BはAが寝ているベッドの足下右側の同室隅に置かれていた移動式便器をベッド左側まで運び、便器の前方をベッドの足下側に向けて、便器右側がベッドの左側に接するように置いた。

 

便器は後ろ側にのみ移動用の車輪が2つ付いていた。Bは、ベッド柵を外して床上に移動させたのち、リクライニング装置により上半身を起こしているベッド上のAの身体をベッド上に敷いたビニールシートに乗せベッド左側に引き寄せて、Aの身体を便器上に置き、Aは排泄した。

 

その後Bは、Aの右側面を下にしてベッド上のビニールシートに乗せ、その臀部をベッドの中寄りに向かって押し、Aは、ベッド右側の柵に結びつけられた紐をつかんだ(Aも自分で紐を引っ張ることで、Dが亡Aの体をベッド上に上げる介助の負担を軽くするためにこのような手順で行うこととされていた。)。

 

このような操作により、Aはベッド上に右側面を下にして横たわる状態となった。

 

そしてBは、下着を着替えさせるために、便器の後部背もたれ部分を手前下側に押すようにして便器の前側を上げ、便器前側がベッドから離れるようにして左回りで前方に移動させた。

 

そのためBはベッドに対して背中を向けるようになったが、こうしてBがAから目を離している間(未だ柵は外したままの状態にあった。)に、Aは、左側面を下にしてベッドから転落した。Aはこれにより、左上腕骨骨折の傷害を負った。

(3)事故後の経緯

Aは、救急車で病院に搬送され、そのまま整形外科に入院し、3月7日午前5時死亡した(直接死因はうっ血性心不全、原因は高血圧とされている)。

(4)判決文ハイライト

「 3 争点1(本件事故に関するDの過失の有無)について
…本件転落の原因について、被告は、Aが握っていた紐を離して左向きに勢いよく回転したことにある旨の主張をし、Bも概ね同旨を述べる。

 

しかしながら、Bの供述は憶測を述べるものに過ぎず、寝たきり状態で排泄時には完全介護が必要であって、関節リウマチを患っていたAに勢いよく回転するなどといった上記行動が果たしてとれたのかについては疑問の余地が大きいし、証拠上、何らそのような行動をとるべき必然性もうかがわれず、左肩の化膿性関節炎の後遺症もあったことからすれば、Aが左側面を下側にするような行動をとるとは考えがたい。


むしろ、その後、Bの介助によって下着の着替えが予定されていたことからすれば、ベッド上に上げられたAが仰向けになることは自然であるところ、他に転落の原因が想定しがたいことにも照らすと、Aは、Bが便器を移動するためにAから目を離している間に下着の着替えのために仰向けになろうとしたところ、Aの左側には仰向けになれる十分なスペースがなかったためベッドから転落したものと推認するのが相当である。


Bとしては、Aがベッド上から転落することがないように、その身体が完全にベッド上にあることを確認し、Aの身体のベッドからの転落等を防止すべき業務上の注意義務があるというべきであるが、着替えのためにAが仰向けになることはBにおいて当然に予想できたにもかかわらず、Bは、Aの左側に同人が仰向けになるのに十分なスペースをとらず、柵も設置しないままでAから目を離したのであるから、Bに上記注意義務を怠った過失があることは明らかである。


 被告は、Aが自らの落ち度によりベッドから転落したことを自認していたとか、AがBの付添いを強く希望したために本件事故後もBは付添いを継続したのであって、この事実は本件事故がBの過失によるものではないことの証左であるとの趣旨の主張をする。


 しかしながら、Aが本件事故の原因がBにあるとして同人を責めていたことや、B自身、本件事故の原因が自分にあるとして誠意を持って亡Aに付き添うなどと述べていたことに照らしても、被告の上記主張はその前提を欠くものというべきである。


 被告は、本件事故と因果関係を存する範囲内においてAに生じた損害について、訪問介護契約上の債務不履行ないしはBの使用者としての不法行為責任を負うものというべきである。」(死亡との因果関係については否定)

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費4万円 慰謝料50万円 弁護士費用10万円

(6)外岡コメント

 請求額は実に6400万円に上りましたが、最終的に認められた額は60万円にも満たず、掲載判例の中で最も開きが大きい結果となりました。


判決文でみた様に、「B自身、本件事故の原因が自分にあるとして誠意を持って亡Aに付き添うなどと述べていたこと」が、最終的に被告の責任認定のための状況証拠として作用したというのであれば、大変憂慮すべき事態です。事業所側にとって、誠意をもって心から謝罪することが理論上できなくなってしまうからです。

 

本件では死亡との因果関係が大いに争われ、医学的な大論争に発展しましたが、結局認められませんでした。もし担当裁判官にとって結論が見えていたのであれば、和解による早期解決を図った方が全当事者にとって望ましいといえるのではないかと思われます。

 

もっとも、そうなってはこうして先例となり外部が知ることができない訳ですから、悩ましいところです。

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