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Q:35 利用者が施設内で傷害事件を起こした
特養の施設長です。先日施設内で女性利用者が、同じく女性の利用者に鋏で切りかかり、額に怪我をさせたという事件が起きました。
明け方のことだったのですが、あるご利用者の居室から叫び声が聞こえたので夜勤者が駆けつけると、犯人の利用者が裁縫用の小型鋏を持ち立っていました。被害者の傷は浅く、縫う必要もない程度だったのですが、出血していました。
職員は慌てて警察に通報し、当該利用者はその場で逮捕されました。ところが、その翌日に警察署から電話があり、「うちでは面倒を見きれないので、施設に戻しても良いか」と言ってきたのです。
聞けば、その利用者は自力で排泄できないため、当初は女性刑務官が二人がかりで介助したものの限界があり、どうしても警察では世話できないとのことでした。
それを聞いて、その利用者は施設では問題なく自力排泄できていたので「おかしい、これは演技だ」と思ったのですが、警察官の方も困り果てた様子だったので止むを得ず受け入れることとしました。警察からは「更なる被害が生じないように、居室に閉じ込め厳重に監視して頂きたい。勝手な話だがよろしくお願いします」と言われました。
それから丸一日経ったのですが、スタッフは皆この事件を知っており怯えていて、三度の食事を届けに行く以外は何も外界との接触がない状態で居室にいてもらっております。
この利用者には身元引受人がおらず生活保護だったのですが、元々パニック障害と自律神経失調症の既往歴がありました。ただし今は、定期的に医師の診察を受けたり精神病の薬を服用したりはしていません。
思い返せば、日頃から不穏な言動があり精神状態も不安定な方でした。常に昔の記憶を美化し、周囲の悪口ばかり言って「今いる所から出たい」という傾向がありました。もっとも今回の様に誰かを傷つけるといった行為まではありませんでした。
今回このような事件を起こしたことについて「誰でも良かった。事件を起こせばここから出られると思った」と警察では供述したとのことでした。
以上の経緯からすると、施設にいても次にいつまた事件を起こすか分かりませんし、職員たちも疲弊しこの利用者のことを嫌っている者も大勢おりますので、一刻も早く退所してほしいと願っています。目下行政との関係では一通り本件を報告しただけですが、経験上行政が何か手助けしてくれるとは思えません。
むしろ、些細なことでも「違法な身体拘束だ」等と指摘されるので、本件でも今のように居室に閉じ込めておくことを行政として容認するかどうかすら分かりません。
とはいえ何かあってからでは遅いのですが、これからどうすればいいでしょうか。
その加害者である利用者を、精神病院に強制入院させることが可能です。
本人につきいわゆる「自傷他害のおそれ」がある場合、措置処分(行政の一方的な判断)により精神科病院に入院させることができます(措置入院)。
この申し出は私人、つまり施設でも可能です(その場合は最寄りの保健所に申し立てる)が、実務上は警察、或いは検察から通報した方がスムーズです。その場合は、警察署の担当部署である生活安全課が動くことになります。
警察内部では、逮捕や取り調べを行う「刑事課」と、措置入院の通報手続きを行う「生活安全課」が分かれているのです。そこでうまく連携が取れておらず、本来であれば即座に入院に向けて動くべきところ止まっているのかもしれません。
刑事課の刑事さんが窓口であれば、まずその人に「やはり施設でもみることは危険すぎてできないので、措置入院の通報をしてほしい」と申し立てられるとよいでしょう。
措置入院はよく耳にする手段かと思いますが、実際に入院させることは難しいことが多いといえます。その根拠となる法律は「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」、略して精神保健福祉法といいます(略しても長いですね)。
その第22条には、「第1項 精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。
第2項 前項の申請をするには、次の事項を記載した申請書を最寄りの保健所長を経て都道府県知事に提出しなければならない。」とあります。これが私人による通報の根拠条文です。
これを受けて第29条には、「都道府県知事は、第27条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。」と定められています。
ここにいう「精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある」といえるかどうかが、高いハードルとなることが多いのです。
第23、24条には、それぞれ警察と検察による通報について規定されています。
警察が何かと理由をつけて動こうとしない場合は、「精神保健福祉法第23条に基づき速やかに通報してください。万が一施設でまた殺傷事件が起きたとき、警察が責任を取ってくれるのですか。行政にも報告します。」等と言いプレッシャーをかけると良いでしょう。
本件では、加害者が「誰でも良かった」と言っている点が大きなポイントになります。特定の利用者と仲違いして襲ったというのではなく、無差別である点でより他害のおそれが強いといえます。
このように状況を仮定のケースと「比較」して緊急性をアピールする手法は、他の場面でも有用ですので、覚えておかれると便利です